東京下町出身。ライカを日本に広めた写真家。秋田や農村の人々、日常の街頭を軽やかなスナップで記録し続けた。
現実を客観的に記録するという態度。日本では戦後写真の中心概念で、土門拳の「絶対非演出・絶対スナップ」に象徴される。写真の「真実」をめぐる議論の出発点になった。
リアリズム写真の問題は、記録と表現のどちらが写真の本質かという問いを、現実という概念そのものへ押し返したことにある。日本のリアリズム論争は、後のプロヴォークの反論を理解するための不可欠な文脈である。
リアリズム写真は広義には19世紀から続く記録志向の写真全体を指すが、日本写真史では特に1950〜60年代の論争的な文脈で重要になる。土門拳が提唱した「絶対非演出・絶対スナップ」は、写真家が現実に介入しないことを理想とし、被写体の状況を操作しない厳密な記録を求めた。この姿勢は社会変革と深く結びつき、炭鉱労働者、水俣病患者、農村の生活を長期的に追うドキュメント実践へ展開した。*1
しかしリアリズムは、客観的に見えながら実は撮影者の選択で成り立つ。何を撮り、何を撮らないか、どのカットを残すか、すべてが主観的な判断である。プロヴォーク世代が「言語への不信」とともに正面から批判したのは、この矛盾だった。*4
戦前の報道写真から出発し、戦後は子ども・古寺・ヒロシマを連作で記録した日本の写真家。「絶対非演出・絶対スナップ」を原則とするリアリズム論を写真雑誌で展開し、木村伊兵衛との論争を通じて戦後日本写真の言語を整備した。