フランク・ファン・デル・サルム
1964年オランダ・デルフト生まれ。都市景観・建築・グローバリゼーションが現代都市に及ぼす圧力を主題とし、ニュー・トポグラフィクスから出発して「映像で構成される複雑な現実」としてのメトロポリスを撮り続ける。
ニュー・トポグラフィックスは、人間の手が加わった風景——郊外の宅地、工業団地、駐車場、造成地——を、感情を排した即物的で記述的なスタイルで撮る写真の系譜である。1975年、ニューヨーク州ロチェスターのジョージ・イーストマン・ハウスで開かれた展覧会「New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape」に由来する。ロバート・アダムスやルイス・ボルツらは、荘厳な自然写真の伝統から距離を取り、平凡で変わりゆく土地の姿を淡々と記録した。
人間が手を加えた風景を、感情や英雄性を排した即物的な視線で記述する写真。荘厳な自然ではなく、郊外・工業地帯・都市周縁という「ありふれて変わりゆく土地」を主題とする。
ニュー・トポグラフィックスが反転させたのは、風景写真を「崇高な自然の賛美」から「人が変えた土地の中立的な記述」へと組み替えたことである。美しさや物語ではなく、土地に刻まれた開発・居住・産業の痕跡そのものが被写体になった。
ニュー・トポグラフィックスという語は、1975年にニューヨーク州ロチェスターのジョージ・イーストマン・ハウスで開かれた展覧会「New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape」に由来する。企画者ウィリアム・ジェンキンスは、ロバート・アダムス、ルイス・ボルツ、ジョー・ディール、フランク・ゴールケ、スティーヴン・ショア*4、ヘンリー・ウェッセル、そしてドイツからベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻ら10人の作品を集め、郊外の宅地や工業団地、駐車場といった平凡な人工の風景を、感情を抑えた均質な調子で提示した。*1
この視線は、アンセル・アダムスに代表される崇高な自然写真の伝統への意識的な反動だった。作り手は荘厳さや個人の感情表現を避け、土地がどのように区画され、開発され、消費されているかを冷静に記述する。写真は「美しい眺め」ではなく、居住と産業が刻んだ痕跡を読むための地形図(topography)に近いものになった。*2
ベッヒャー夫妻の参加は、この運動が国境を越えて共鳴したことを示す。給水塔や溶鉱炉を正面から反復撮影する彼らのタイポロジー写真の方法は、のちにデュッセルドルフ派としてアンドレアス・グルスキーやトーマス・ルフに受け継がれ、ニュー・トポグラフィックスの即物性を大判・カラーの規模へ更新した。*3
同時代のニューカラーが日常の色彩を写真表現に取り込んだのに対し、ニュー・トポグラフィックスは主題の選び方——ありふれた人工の土地——によって写真の中立性そのものを問うた。脱ドラマ的なスタイルは当初「無関心」や「冷たさ」と受け取られることもあったが、その抑制こそが土地の変容を可視化する方法だと再評価されている。*1
1964年オランダ・デルフト生まれ。都市景観・建築・グローバリゼーションが現代都市に及ぼす圧力を主題とし、ニュー・トポグラフィクスから出発して「映像で構成される複雑な現実」としてのメトロポリスを撮り続ける。
1962年東京生まれ。写真集『Tokyo Suburbia(東京郊外)』で木村伊兵衛賞を受賞し、日本の郊外・消費空間・家族を冷静で繊細な観察によって記録してきた。ニュー・トポグラフィックスの視線を日本の風景へ展開した写真家。
1959年イギリス生まれ。建築・都市空間・空などを主題に、出来事の記録ではなく持続的な観察と連作による記述を方法論とする大判カラー写真を制作。速報性でも社会告発でもない「見ること」への忍耐で知られる。
1937年生まれ。アメリカ西部の郊外化・環境的変容を静謐な白黒写真で記録し、1975年の《ニュー・トポグラフィクス》展に参加した中心的な写真家。
1945年カリフォルニア生まれ、2014年パリ没。1975年の《ニュー・トポグラフィクス》展に参加し、郊外の工業地帯・空き地・無名の建造物を精緻な白黒で記録した。
1947年ニューヨーク生まれ。《アメリカン・サーフェシズ》(1972〜73年)と《アンコモン・プレイシズ》(1973年〜)によって日常的なアメリカの場景をカラー写真の主題として確立した先駆者。