アルフレッド・スティーグリッツ
写真がまだ芸術と見なされなかった時代に、画廊と機関誌で「写真を見せる場」そのものを発明した。作品より先に、写真が置かれる制度を作った人。
写真家を名前で覚えるためではなく、
その人が写真表現の何を変えたのかを読むための写真史サイト。
写真がまだ芸術と見なされなかった時代に、画廊と機関誌で「写真を見せる場」そのものを発明した。作品より先に、写真が置かれる制度を作った人。
撮ることと意味が結びつく回路を断ち切ろうとした写真家。後に自分のネガを焼き、写真とは「視ること」そのものではないかと問い直し続けた。
自分を被写体に映画のスチル風自画像を撮り続けることで、「女性のイメージ」が誰によってどう作られてきたかを写真の中で剥がしていった。
感傷を抜いた正面と均等な距離で南部の小作農を撮り、ドキュメンタリーに「叙情ではなく構造を見る」という別の文法を持ち込んだ。
一冊『The Americans』で、写真集を「並びと間で読むメディア」として確立した。一枚一枚の決定的瞬間より、シークエンスとして見ることを発明した。
撮る前に都市があるのではなく、歩き続けるカメラの粒子のなかから都市が滲み出てくる、という見え方を作った。視ること自体の生々しさを残した。
給水塔や溶鉱炉を同じ条件で延々と撮り、グリッドに並べた。一枚で語る写真ではなく、並べて比較するための写真という用途を開いた。
シャッターは「ものを切り出す道具」だ、と決めた人。形と時間が同時に決まる一瞬を見つけることを、職業的写真家の規律に変えた。
自分と恋人と友人たちの夜を、家族写真のように撮った。撮る側と撮られる側の距離をなくしたところに写真が成立しうると示した。
見世物的に消費されていた人々の前にきちんと立ち、目を合わせ、対等な肖像として撮った。誰を正面から撮れるか、という写真の倫理を更新した。
職業と階層を軸に同時代のドイツ人を分類して撮り並べる、という途方もない試み。写真を「社会を整理するための装置」として運用した最初期の人。
新婚旅行を一冊の私家本にして「私写真」という言い方を成立させた。日常・性・死の境界を写真集の編集で繋ぐ手つきを発明した。