ジェイコブ・リース
ニューヨークのスラムを写真・文章・講演・書籍の複合メディアで可視化した改革者。みずからを写真家とは考えず、社会変革のためのコミュニケーターとして実践し、フラッシュ技術によ…
社会ドキュメンタリーは、社会の不平等、貧困、労働条件、差別、環境問題などを可視化し、変革を促すことを目的とした写真実践である。写真を「証拠」として社会に提出することを重視するが、「誰が何をどのように見せるか」という構造は決して中立ではない。最初期のジェイコブ・リースから現代のドキュメンタリー実践まで、この系譜は写真の社会的役割をめぐる根本問題を絶えず更新している。
社会の不平等・貧困・差別を可視化し変革を促す写真実践。写真を「証拠」として社会に提出するが、何をどのように見せるかという構造は中立ではない。写真の社会的役割をめぐる根本問題を抱える。
社会ドキュメンタリーのジレンマは、他者の苦難を可視化することが同時にその他者を「見られる対象」として固定化してしまう危険を常に抱えていることにある。
社会ドキュメンタリーの先駆として必ず挙げられるのが、ジェイコブ・リースとルイス・ハインである。リースはニューヨークのスラムをフラッシュで照らして撮影し、スライド講演と著書で都市改革を訴えた。ハインは製造業の児童労働を記録し、立法府を動かした。この時代、写真は法律や政策を変えうる証拠として直接機能した。*1
しかし証拠としての写真は、誰の視点から何を記録するかという問題を避けられない。FSAの写真は改革のための資料として評価される一方、貧困をどのような顔で代表させるかを政府が選び取ったアーカイブでもある。W・ユージン・スミスは水俣を長期記録したが、その写真は報道の枠を超えた身体的接触としての記録だった。*4
他者の苦痛を見ることが感情を動かすだけでなく、それを消費することでもありうるという批判は、この実践を単純に称揚することを難しくした。*7
その一方で、記録しなければ存在しなかったことにされる現実もある。社会ドキュメンタリーの意味はその緊張の中にある。ドキュメンタリー、FSA写真、フォトジャーナリズムと横断的に読むと、証拠・芸術・制度の違いが整理できる。*9
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ルイス・ハインは、エリス島の移民、炭鉱や製造工場の子ども労働者、エンパイア・ステート・ビルの建設現場という三つの場で写真を撮り、写真を社会変革の証拠として体系的に用いた先…
ダイアン・アーバスは、戦後アメリカの人物写真を、社会の説明ではなく「見る側と見られる側の関係」を露出させる場へ押し広げた写真家。正面性の強い肖像、雑誌仕事、New Doc…
W・ユージン・スミスは、『LIFE』誌のフォト・エッセイ、ピッツバーグ、水俣を通じて、写真を一枚の速報ではなく、人物の仕事、疲労、生活環境、社会制度を読む長編の証言へ広げ…
1944年ブラジル・ミナスジェライス州生まれのサルガドは、経済学の博士課程修了後に世界銀行のエコノミストとして赴任したアフリカで写真と出会い、「数字やレポートでは伝わらな…
1940年、南アフリカ、プレトリア近郊に生まれたアーネスト・コールは、雑誌『ドラム』周辺の黒人ジャーナリズムから写真を始め、1967年の写真集『House of Bond…
占領後の横浜で「働く女性」を主題に撮影。写真集『危険な毒花』(1957年)は赤線の女性の生活を一人称の文章と写真で伝えた。